子宮頸がん検診では教えてもらえない話し

パパニコロウ先生が世に送り出した婦人科細胞診とは。
私がたどり着いた結論は、『婦人科感染症の最も安価で、最も正確な総合的診断法』です。
この一枚の写真にどんな感染症が秘められているのか?

白血球が若干増えているので、腟炎があるのかな?、、、と見ます。
背景には乳酸菌(大切な細胞にピントを合わせて撮影しているため、詳細に確認できないが)が豊富に見られます。
このことから、“若干炎症は伴っているものの腟内フローラ(乳酸菌)はしっかりしている” ことが分かります。
でも、赤の矢印で示した細胞が気になるのです。
前の写真のすぐそばを撮影した写真です。
赤の矢印の先にある細胞は前の写真と同じ種類の細胞です。

それとは別に、黄色い矢印で示した細長い少しぼやけた棒状のものが見られます。
赤で示した細胞にピントを合わせたため、多々ぼやけていますが、他の場所でもっと分かりやすい画像がありますのでそちらを見てみましょう。
この場所なら一目瞭然、カンジダの仮性菌糸であることが分かります。

ということで、このケースはカンジダ腟炎を起こしていることもわかりました。

濾胞性頸管炎があるかも知れない!

赤の矢印の先端にある丸い核を持った細胞はリンパ球です。
リンパ球には小さな細胞と写真のようにやや大きな細胞があります。
成熟したタイプのリンパ球は小型で血液中にもみられます。それより倍以上に大きくなったリンパ球は反応性リンパ球と呼ばれます。このような反応性の大型リンパ球が出現する背景には“リンパ濾胞”というリンパ球の集まりがあります。子宮頸がん検診の検体を見ていると、時に成熟リンパ球と反応性の大型リンパ球が同時に見られることがあり
濾胞性頸管炎と診断します。
つまりこの患者さんは子宮頸部に濾胞性頸管炎が存在する可能性があるのです。
【標本の作製法がLBC法なので、反応性の大型リンパ球を見つけないと診断は難しいです。(詳細は後述します)】
ではどんな時に子宮頸部にリンパ濾胞ができるのでしょうか?

(余談)クラミジア研究で得られた貴重な体験(三井幸彦先生との出会い)

私がクラミジアの研究をしていた頃、何気なしに講談社から出版された医学百科事典を見ていると、三井幸彦先生(眼科学)が執筆された記事を見つけました。それは今日の日本にはほとんど見ることがないトラコーマ(封入体性結膜炎)に関するもので、こんなすごい研究者がいたのだと思い、かなり興奮してその記事を読みました。

すかさず講談社に電話を入れ、三井先生にお会いしたい旨を伝えると、程なく電話が入りました。すでに徳島大学を退官さえれ、現在はご自宅にいらっしゃるとの事、そして連絡先を教えて頂きました。早速電話をすると、『すぐに来なさい。航空券が取れたら到着時刻を教えてください。空港まで迎えに行きます。白いハンカチを持っているからね。』と優しいお言葉を頂きました。そして、翌日の午前11時には徳島空港に降り立ちました。すぐさま先生のご自宅に直行、お昼をごちそうになった後、先生の一言に驚かされました。『これから3時間私のクラミジア研究についてお話します。その後君のこれまでの研究成果を3時間話しなさい。』とおっしゃったのです。日本のクラミジア研究の第一人者の先生と1対1のシンポジュウムみたいなもの、後にも先にもこんな経験はありません。幸せで幸せでたまらなかった一日でした。
そんな二人だけのシンポジュウムの中で、封入体性結膜炎でもリンパ濾胞が形成されることを教えて頂きました。

夜は市内のホテルで二人だけの夕食会。
『当時、婦人科領域でもクラミジアの研究をするように進言したですが、誰も興味を示さなかったんだよ。
君がクラミジアの封入体の研究をしてくれてとても嬉しい。』そう言われて大変喜んでいただきました。
そして最後に、『ところで椎名君、今どうして日本にはトラコーマがなくなったか知っていますか?』と言われました。『それはね、きれいな水を使う環境になるとトラコーマは自然にいなくなるんだよ。』と教えてくれました。

そして半年後、学位論文の審査会場で杏林大学医学部眼科学教授が最後の質問として、『ところで、日本にはどうしてトラコーマがなくなったのですか?』と質問されました。それはまさしく三井先生の最後の教えそのものだったのです。

学問は素晴らしい! 三井先生本当にありがとうございました。

LBC法では反応性の大型リンパ球の存在が診断のポイント

アイラボもそうですが、この20年余りに、子宮頸がん検診や婦人科細胞診はLBC法が主流になりました。
それまでは、医師が採取した検体はその場でスライドガラスに細胞を塗りつけていましたので、濾胞性頸管炎があると、成熟リンパ球と反応性リンパ球がほぼ同じ場所にまとまって塗られるので診断は容易でした。しかし、LBC法は検体を液の中に洗い落すため、それら細胞はバラバラになり、診断は難しくなってしまいました。

『念のためクラミジアの検査が望まれます』と報告したいけど?
多くの検診機関でそれはNGなんです。

子宮頸がん検診の受診率は決して多くありません。2年に一度しっかり受けている人は50%にも満たないのです。
そんな中、“なんか最近オリモノや臭いが気になる、、、今年は子宮頸がん検診を受けてみよう”、、、そんな人少なくないと思います。トリコモナスとカンジダが見つかった時は報告書に反映されますが、“細菌性腟症が疑われても” “クラミジアの感染が疑われても” 結果に反映されることはほとんどありません。『そのようなことは結果に記載しないで下さい。』というところが多いのではないかと思います。多分、それに関して問い合わせがあっても対応できないからかも知れませんが、とても残念なことだと思います。

従って、“オリモノや臭いが気になって検診を受けた方は、「異常なし」の結果を受け取っても、子宮頸がん関連病変に関しては「異型細胞が見られない(NILM)」にしても、細菌性腟症やその他の情報は教えてもらえないのです。” アイラボでも子宮頸がん検診の細胞診を承っていますが、報告できない施設が少なからず存在しますので、とても残念に思っています。

アイラボの郵送検査では、可能な限り私達が習得した知識は皆様に還元しています。