対応のまずさが引き起こす不幸

不妊治療の婦人科でクラミジアと診断され、ご主人に疑いの目が!

中央の細胞は、子宮頸部擦過標本(子宮頸がん検診に用いる方法)に見られたクラミジア感染細胞です。
細胞の中でクラミジアが増殖して何万ものクラミジアが集まって丸く見えるのが封入体と言います。クラミジアが増えるにつれて核が細胞の端に追いやられ三日月状に見えます。
実はこの封入体、私(Drシイナ)が発見し、星雲状封入体(nebular inclusion)と命名しました。
(Yoshio Shiina:Cytomorophologic and Immunocytochemical Studies of Chlamydia in Cervical Smears.Acta Cytol.29:257-261.1985)この当時は、クラミジアの検査そのものが一般に普及する前で、私達は免疫学的な方法でクラミジア感染の研究をしていました。
これはクラミジアに感染した女性の腟分泌物に蛍光抗体法という方法を用いてクラミジアの基本小体(アップルグリーンの蛍光で見える)を検出したものです。星雲状封入体の中で基本小体が満杯になると破裂し、基本小体が腟内にばらまかれるのです。後述する抗原とはこの基本小体のことです。

アイラボの無料相談で最も多いのが今回紹介する事案です。

ケース1彼女はおりものが気になり婦人科を受診したところ、血液検査でIgAが陽性で、クラミジアと診断され、私にうつされたと言っています。私は翌日別の病院を受診し、PCR法で調べてもらい今日結果が出て陰性でした。私はこれまで風俗を利用したこともなく、性病科を受診したこともなく、症状が出たことはありません。彼女とこれからも付き合っていきたいのですが、どうしたらいいでしょうか?

ケース2子宮頸がん検診で異常な細胞はないが腟炎があると言われ婦人科を受診しました。血液検査でクラミジアに感染していることが分かり、「医師から旦那にうつされたんだよ」と言われ、現在旦那と別れ話まで発展している状態です。
旦那にはすぐ検査に行かせたのですが、PCR検査で陰性という結果を持ってきました。そもそも風俗などに行く人ではないと思っていますし、私にうそをつく人ではないと思っていましたが、医師からそのように言われ少し気が動転しています。こんなことってあるのでしょうか?

そして昨日も、ケース3『結婚して3年が経ちます。女房は不妊症で婦人科を受診していますが、抗体検査でIgAとIgGが共に陽性なので医師から薬が処方され、私が疑われています。私には身に覚えはなく、今日病院で検査して来週結果が出るんですが症状もありません。女房とは別れたくありません。どうしたらいいでしょうか?』

似たような相談は開業以来(20年前から)時々あります。

原因は“クラミジアの検査を血液検査で行った”ことによります

血液でクラミジア感染の有無を調べるのは抗体検査と言います。この方法は古くから(私が杏林大学でクラミジアの研究を行っている頃(40年ほど前)行われていますが、いずれも、過去にクラミジアの感染があったかどうかを調べるものです。
クラミジアに感染すると(クラミジアと戦うための)抗体が徐々に作られます。その抗体には、IgAとIgGがあり、IgAは感染後比較的早い時期(およそ2週間)から抗体価(抗体の量)が上昇し、6ヵ月ほどで抗体価が消失します。一方のIgG抗体はIgAに比べて抗体価の上昇は遅く感染後1ヵ月頃から上昇し、数年またはそれ以上高い抗体価を維持します

IgA抗体は感染後およそ2週間ほどで抗体価が上昇しますので、(クラミジアそのもの(抗原)を高感度に検出するPCR法の様な(抗原検出法)が普及する前は感染初期の検出法として期待されていました。しかし、IgA抗体は偽陽性(本来感染していないのに陽性の結果になる)を示すケースが多く、男女間、夫婦間で大きな問題になることが多いのです。

アイラボでこの検査を採用していないのはこのことでのトラブルを避けたいという思いがあったからです。
そんなこともあり、しばらくぶりにこの問題に遭遇しましたので、改めて現在クラミジアの抗体検査に従事している大手検査会社の担当者にこのような問題について聞いてみたところ、最近でも偽陽性例で問題になり、試薬メーカーに問い合わせてみると、メーカでもそのことを認めているとの事でした。

それなのになぜまだこの検査があるの?

不妊症外来では腟や子宮頸管は陰性でも上部生殖器にいるのか?

昔、そんなことも話題になったことがあったような記憶がよみがえってきました。
そのことについて私自身詳細な検索を行ったことはありませんので、無責任なことを記載することはできませんが、もし上部生殖器のみに感染部位があったとしても、そこで増えたクラミジアは腟内や子宮頸部に流れ落ちてくる可能性がありますので、感度の良いPCR法では検出できると思われます。

もし不妊外来で今回の様な事があったとするのであれば、何の説明もなくクラミジアの治療薬を処方された患者にとっては旦那からうつされたと思い込んでしまうのは当然かと思います。
薬を処方する前に、PCR法にて確認したからでも遅くはないのではないかと思います。
いやいや、抗体検査で陽性になったということは「過去にかかったことがある」という事なので、「現在感染している」のとは異なります。ご相談の奥様はIgGも陽性とのことですが、これについても過去の話であって現在クラミジア(抗原)が存在するかどうか、治療が必要であるかどうかは分からないのです。

血液抗体検査を採用されるのであれば、前述の様々なことを想定し、受診者に不幸な事態にならないよう十分な配慮は望まれます。

そんな悩めるカップルに私は

『こんなことで喧嘩をしてはいけません。相談してよかったですね。』
と言って電話を切ります。