細胞診でホルモンの評価ができるんですか? という友達からの質問

私が20歳の頃、初めて細胞診という言葉を耳にしました。
やがてこの細胞診断学は子宮頸がん検診の検査法として世界中に広がり、多くの女性の命を救ってきました。
その立役者Jeorge N. Papanicolaou先生ですが、写真は先生の生誕100年のお祝いの時参加者に配られたもので、アイラボに飾っています。右は先生が出版したAtlas of Exfoliative Cytologyと題した、細胞診断学のバイブル的著書です。

このパパニコロウ先生は最初からがんを診断するための研究をしていたのではなく、腟の粘膜の細胞を顕微鏡で観察してホルモンとの関係を研究していました。するとある時、今まで見たこともない細胞(多分がん細胞)が顕微鏡下に飛び込んできました。それを見て、腟の細胞を顕微鏡で観察すれば子宮頸がんの診断ができるようになるのではないかと考え、膨大な細胞の絵(当時カラー写真がないので絵師を雇い繊細な細胞の絵を書き残しました。)を載せたのがこの本です。

今回は、このパパニコロウ先生が最初にやっていいた細胞診とホルモンの話をしようと思います。
というのも、私の友達が閉経期を迎える女性の様々な悩みを解決するためのサプリに興味を持っていますので、彼女のお仕事に少しでも役立てばとの思いからです。

先ずは基本的なところを抑えましょう

この図は、結構昔になりますが伊勢原高校の学生さんにお話しした時のものです。
左の端にヒトの皮膚のシェーマを示し、右側に幼児期から閉経後の腟の粘膜を示しています。共に重層扁平上皮といういくつもの細胞が重なって丈夫な上皮になっています。皮膚と腟で異なる点は、腟上皮は角質層(皮膚の一番上にあるオレンジで染まっている部分)がないことです。
最も下の細胞は基底細胞といい剥がれることはありません。その上の細胞は旁基底細胞といいますが、幼児期や閉経して何年か経つとホルモンの影響がないため、腟は萎縮した状態ですので、腟の表面からは旁基底細胞が採取されます
これは60歳女性の腟内から得られた細胞で、丸い細胞が旁基底細胞です。
大半が旁基底細胞ですので、細胞成熟度指数(左:旁基底細胞/中央:中層細胞/右:表層細胞)でホルモンの状態を表すと、
100/0/0になります。
月経が始まった頃から閉経する前の女性は妊娠が可能な時期で、この時期を性成熟期の女性といいます。
腟の上皮はホルモンの影響で中層細胞から表層細胞まで分化(成熟)して厚くなります。
そして、1ヵ月間(月経開始から次の月経直前まで)腟内環境は劇的に変化しています。

性成熟期の女性は卵巣から2つのホルモンが分泌されます

月経がが始まると、脳下垂体というところから卵胞刺激ホルモンFSHが分泌されます。FSHは卵巣にある原子卵胞(卵の元)を刺激して卵が成熟を始めます。卵が成熟するにつれ女性ホルモン(エストロゲン)が増え、排卵の直前で最も多くなります。このエストロゲンは腟の細胞を表層細胞(一番上のピンクの細胞)まで成熟させますので、この時に腟の表面をこすってくると赤い細胞がたくさん採れてきます。そして、粘膜が厚くなることで防御力も増しますので、外部から侵入する細菌などと戦う白血球も必要ないために姿を消し、乳酸菌も増える必要がないので、腟内はとてもきれいになります。余談ですが、排卵直前は性交に備えて腟の粘膜が厚くなり、妊娠に備えてとても清潔になっているんです。神秘的ですね。
さらに神秘が続きます。排卵したことが脳下垂体に伝えられると、今度は脳下垂体から卵巣に向けて黄体形成ホルモンLHが分泌され、黄体ホルモンが徐々に増えてきます。黄体ホルモン(プロゲステロン)が増えてくると腟の粘膜の分化(成熟)は弱まり、表層細胞は剥離して中層細胞が腟の表面に露出します。一皮むけるわけですので抵抗力は下がりますので、中層細胞にはたくさんのグリコーゲンが存在します。乳酸菌はこのグリコーゲンを分解することで腟の酸度を上げ、外部から侵入する細菌の増殖を抑え込んで腟内を守っているのです。乳酸菌の働きも重要ですが、その時期に腟内には乳酸菌の栄養源(グリコーゲン)が豊富に存在することも神秘ですよね。
そしてエストロゲンとプロゲステロンの分泌が無くなると月経が起き、血液で腟内を洗い流しているのです。これも神秘的な現象ですよね。

それでは細胞の変化をみていきましょう

表層細胞の核はこのように濃縮しているのが特徴です。
中層細胞の様に細胞がグリーンに染まっていても核が濃縮していれば表層細胞です。
中層細胞の核はおよそ10ミクロンで、核内は細かな顆粒状に見えます。あまり良い白血球ではありませんが、大きさはほぼ中層細胞の核と同じです。
乳酸菌はこの周囲にいくつか見られますが、大きな菌であるのが特徴です。

旁基底細胞はかなり小型になりますが、実際はこのように劇的に小さくなるのではなく、大きさは段階的ですがおおむね丸い形をしています。
月経開始から8日目の腟表面です。
中層細胞が主体ですが、表層細胞も少し見られます。
細胞成熟度指数0/90/10位でしょうか?
背景にはまだ少し白血球がみられます。
月経開始から15日目の腟表面です。
背景に白血球はなく、すべて表層細胞になっています。
エストロゲン効果が最大になり、細胞成熟度指数0/0/100になります。
妊娠の準備が完了しています。
月経25日目頃です。
プロゲステロンの影響が出てきたので、細胞の成熟は中層細胞までとなります。
この写真で細胞成熟度指数を評価すると0/100/0になります。
月経28日目頃です。
中層細胞は元の形を留めません。たくさんの乳酸菌によって細胞が融解状となりグリコーゲンが放出されるため乳酸菌の繁殖は最高に達します。
乳酸菌が増えることで腟内の酸度が上がるため、侵入してきた他の菌は増えることができません。
酸性度が強い時は、白血球に頼る必要がないため、白血球は少ないです。

こうして腟内はホルモンや白血球、そして乳酸菌によって守られているのです。これを腟の自浄作用といいます。
この環境を守ってあげるのは貴女だけです。

ホルモンと腟内環境が理解できましたか? 本題はここから

性成熟期はFSHやLHそして卵巣からエストロゲンやプロゲステロンが分泌されることで、比較的規則性をもって性周期が繰り返されてきました。
しかし、個人差はありますがおおむね50歳頃閉経を迎えます。生理が止まる事を閉経といいますが、これはある時突然止まるわけでなく、これにも個人差はありますが数年ほどかけて徐々になくなります。この時期を閉経前期といいますが、ホルモン環境がこれまでと異なるためにさまざまな症状が出てきます。
血管の拡張や放熱に伴う症状:ほてり、のぼせ、ホッとフラッシュ
精神症状:イライラ、情緒不安定、気分の落ち込み、身体的症状:めまい、頭痛、肩こり、動悸、月経周期の乱れ、などの症状が現れます。

腟内の状況もホルモンの減少に伴い徐々に変わってきます。

50歳の方で、症状的には閉経前期と思われます。
性成熟期の女性には見られなかった旁基底細胞がみられ、細胞成熟度指数20/55/25となります。
62歳の方の細胞像です。
細胞成熟度指数100/0/0で完全な萎縮像を示しています。
この状態になると、卵巣からのエストロゲンやプロゲステロンの分泌はほとんどなくなります。
従って、腟の粘膜は薄くなり、グリコーゲンの量も乏しくなりますので、乳酸菌の栄養源がなくなるため、腟内の防衛力は極めて乏しくなるため、白血球が増えてきます。
65歳の方の腟内環境です。
前面に白血球がみられ、この方の腟内は膿(うみ)状態と思われます。
ひどい萎縮性腟炎の状態で、かなりつらいのではないかと思います。
ホルモンの分泌がなくなることで腟内のグリコーゲン量も減り、防御機構が弱くなるため、このような状況になってしまう人は少なくありません。ホルモンのありがたを実感頂けましたでしょうか。

ホルモン補充療法とは

ホルモン補充療法は、エストロゲンの分泌が低下した女性にホルモンを補うことで前に述べた様々な更年期症状の改善や予防を目的とした薬物療法ですが、効果はそれだけでなく、若々しさや活力を保つことにもなります。

当然のことながら、腟内も厚くなり赤い表層細胞も見られ、個人差はありますが70歳女性でも細胞成熟度指数0/70/30といったように若さを取り戻します。
アイラボに細胞診検査を依頼される婦人科の先生は細胞成熟度指数を利用して効果をチェックし、定期的に子宮体がんの細胞診検査を実施しています。


貴女のQOL向上のために参考になれば幸いです。