性器は結構傷がつく

性器、特に女性の性器は性交等で結構頻繁に傷がつきます。
性交はこするという行為ですので、腟や子宮の入り口(子宮腟部や子宮頸部)は目に見えない小さな傷がつきます。HIVやHPVなどのウイルス感染はそのような傷から体内に侵入します。
腟は、重層扁平上皮細胞という皮膚と同じように、細胞が何層にも重なっているため、色々な刺激にも強い組織なので、傷口を治す修復細胞はあまり見られませんが、子宮の入り口は円柱上皮細胞や円柱上皮細胞がより強う重層扁平上皮に変わろうとしている扁平上皮化生細胞が露出しています。このような細胞は物理的刺激にはとても弱い細胞なので、傷つきやすいのです。
今回は円柱上皮細胞が傷つき、その傷口を修復していく組織修復細胞を見ていきましょう。

細胞が平面的に並んでいます

写真左(上)の弱拡大では、平面的なシートの様に配列した細胞が見られます。
白血球など炎症に伴う細胞は見られません。
拡大を上げた右(下)の写真では、さらに細胞に重なりがないことが分かります。
また、核は比較的大きく、核の中心部分には赤く染まる大きな核小体が見られるのもこの細胞の特徴です。
核が大きく、核小体も大きいのは、細胞の増殖が盛んなことを意味しています。
それはそうですよね。傷口を早くふさがなくてがならないので、ものすごい速さで増えるからです。
このような修復細胞には時々遭遇します。
細胞診を始めた頃は、核も核小体も大きいので、、、、“悪性の細胞?” と驚きましたが、細胞が平面的に並ぶことと核小体が大きいことの特徴を覚えていれば診断を誤ることはありません。

前にも述べましたが、子宮の入り口(子宮膣部)では、外反(エクトピー)といって、月経がある女性では子宮頸部の内側で粘液を作る円柱上皮細胞が外側にめくれてきます。一層の細胞ですので性交や膣炎などで簡単に壊れてしまいますので、日常結構目にする細胞です。
従って、この細胞が見つかったとしても特に問題にはなりません。

細胞検査士の使命感

先ずは画像を見てください。
この細胞は、医師採取による子宮膣部細胞診に見られました。
私のブログをいつも見ていただいている人はもう分るかも知れませんね。

実は、このケース、ある細胞検査士の方がNILMと診断したものです。
今日は、なぜそんなことになってしまうのか、その問題点を考えてみましょう。

その前にDrシイナの診断は「LSIL」です。

細胞検査士はどうあるべきか?

扁平上皮細胞が大きくなる原因には3つのことが考えられますが、共通していることは“DNA合成阻害”が考えられます。一つの細胞が2つに分裂するためには、細胞も核内の遺伝子(DNA)も2倍にならなければなりません。しかし何らかの理由でDNA合成が阻害されると、準備ができた細胞(細胞質)は核に対して「まだ準備できないの? まだ?、まだ?」といった具合に細胞だけがどんどん大きくなってしまうのです。

その第1は、“放射線治療後の細胞”です。放射線の照射により、核内でのDNA合成が阻害されることで細胞が大きくなります。
第2は、“葉酸欠乏状態”です。葉酸はDNA合成に必須な物質であり、これが欠乏すると扁平上皮細胞は大型化します。以前このブログで「細胞が巨大化する」で紹介しましたが、海外青年協力隊の一員として中央アジアの国に細胞検査士として派遣された方からの国際電話で、日本人に比べて扁平上皮細胞が大きいんだけどなぜですかという質問がありましたが、それこそ葉酸欠乏によるものなんです。
第3は、HPV感染細胞です。HPVは感染した細胞の核の中で増殖しますので、通常のDNA合成が阻害されるため、細胞が巨大化するのです。このケースはまさにこのHPV感染に伴う変化であり、また、この変化がHPV感染の診断に重要な所見になるのです。

従って、私はこの所見をもって、(HPV感染が明らかですので)LSILと診断します。
このケースの様にNILMと診断してしまった原因は以下の様に3つほどが考えられます。
その一、細胞検査士が単純にこの細胞を見落してしまった。
その二、未だにベセスダ分類に移行できず混乱を招いている。
その三、細胞検査士の認識不足でHPV感染が分からなかった。
今回のケースの原因は「その一」であった可能性が高いのでこの問題について考えたいと思います。
いつも紹介していますように、細胞診の検査精度は「(医師が)適切に採取する」「(検査技師または細胞検査士が)適切な標本を作製する」「細胞検査士が適切に顕微鏡の観察(我々はスクリーニングと言っています)を行う」この3つ全てが適正に行われて時に最も高い精度が得られます。
このケースでは「医師は適正に採取」し、「細胞検査士が適正な標本を作製」しましたが、最後の細胞検査士が「適切なスクリーニングを行わなかった」(その一)の結果です。
多くの人がかかわるこの検査の最後を締めくくるのが細胞検査士です。
この一枚の標本には受診者(患者)の思い、その家族の思い、そしてここまでに関わった多くの人達の知識、技術、経験が凝縮し、「最後頼むぞ!」そんな思いがこもった一枚のガラスなのです。
この長い駅伝のアンカーを務める細胞検査士には “一つの細胞でも見逃さないぞ!” そんな使命感が求められるのです。
私は75歳でアイラボの社長ですが、染色はすべて私が責任をもって行っています。標本の作製は相棒の藪崎が時には「もっとちゃんととって来いよ」とぼやきを入れながらやっています。
だから標本が出来上がった時、「次頼むね」と本心そう思います。

人は間違いを起こす動物ですので、細胞検査士ありかた委員会の最初の仕事に「細胞検査士賠償責任保険(臨床検査技師責任賠償保険)」への加入を行いましたが、これにお世話にならないよう日々頑張っています。